「風の坂道」

April23 [Sun], 2006, 15:54 
 風の坂道 / 小田和正(1993年)

歌のタイトルに「風」という、重要な言葉が使われている。
坂道、と言う言葉は歌詞には出てこない。
でもこれは小田さんにとっても大事な歌なんだということを、タイトルから思う。
レコーディング中、スタジオで歌を聴いた男性スタッフが涙を流していた、と何かで読んだ。
この歌を聴く時は、自然と背筋が伸びる。

 君とはじめて会った その時から
 自分が 変わってゆくのが分かった

 君がはじめて 涙 流した時
 人を傷つける 哀しさを知った

 ありふれた日々が かゞやいている
 ありふれた今が 思い出に変わる

 誰れのものでも 誰れの為でもない
 かけがえのないこの僕の人生

「普遍性」。
『風の坂道』発表時の小田さんのコメント。

「最近またね、残された時間っていう意識のせいもあるかもしれないけど、やっぱり自分の歌いたいものをちゃんと見つけて、キッチリ自分の言葉でやっていきたいと思うようになってきたんだよね。」

「やっぱり普遍的なものをどっかで求めるようになってきて。」

「『風の坂道』とかは、極めて素直に、何にも考えないで書いたものなんだよ。」
「レコーディングしながら、こういう曲を書きたいなってふっと思って、で、すぐその場で曲を書いて、次の日もうほとんど詩も出来てるみたいな、そんな自然な仕上がりだったんだよ。これは自分でもすごく新鮮だったな。」

1997-98年のツアー『THRU THE WINDOW』のDVDを見る。
98年2月3日、東京国際フォーラム。私も参加した。

『THRU THE WINDOW』は、個人的に印象深いツアーのひとつ。
私は当時、ひょっとしてソロになってから今までで、最高のツアーなんじゃないかな?と思っていた。
小田さん自身、ツアー終了後に「多くの人たちが、今までのツアーの中でいちばん良かった、と言ってくれて、僕はそれを心から嬉しく思いました」とプレスに書いている。

もちろん、その後も小田さんは、前回の”最高のツアー”を常に次々と乗り越え続けているのだが。  
小田さんの歌に「渾身の」という形容詞が使われるのは、この頃からだろうか。
小田さんは、ツアーは2年半ぶりとは思えない位、声がものすごくよく出ていて、歌が客席を圧倒し響き渡っていた。

ファーイーストクラブバンドのメンバーが全員揃った。
コーラスには山本潤子さん、今滝真理子さん(交互に出演)、小田さんとの美しく繊細なハーモニーも堪能できた。

95年の『FUN MORE TIME ! 』から2年半ぶり。
96年には、オフコース時代の曲をセルフカバーした「LOOKING BACK」がリリースされていたが、その後、小田監督は映画に没頭。
映画の完成と公開、そして小田さんのツアーをひたすら待ち望んでいた。

オープニングは『緑の街』、2作目の監督作品「緑の街」のタイトル曲。
袖から登場した小田さんは、そのまますっとグランドピアノの前に座る。
そして、静かにあの凛としたメロディーを奏でる。

そして、まだ客席が小田さん登場の興奮をひきずっているうちに、
2曲目にいきなり『風の坂道』が演奏される。

ピアノのイントロが始まった瞬間、息をのむ。
この歌は聴く方も覚悟がいるのだ。
客席はしん、と静まり返っている。
体の内側からえもいわれぬ感情があふれてきて、激しく震えている。

CDやライブ映像では到底伝え切ることができないが、大サビの

 「二人で生きる 夢破れても」

の小田さんのシャウトは、生で聴くとほんとうにすさまじい。
全身の力を振り絞って声帯の一点に集め、一瞬で宙に解き放つようにして歌い上げるのだ。
まるでコンサートのラスト、最高潮での盛り上がりを迎えたように。

 二人で生きる 夢破れても
 二人立ち尽くしても 明日を迎える
 誰れのものでも 誰れの為でもない
 かけがえのない 今 風に吹かれて
 かけがえのないこの僕の人生

 ほんとうに大切なものに 気がついて
 それを忘れてはいけないと 心に

 決して それを忘れてはいけないと

「決して それを忘れてはいけないと」
最後はつぶやくように、そして語りかけるように歌う小田さん。
後を引き継ぐようにピアノの音が響き、余韻を残して消える。

いきなり2曲目で体感する、小田和正ライブの真髄。
これでコンサートは終わり、といわれてもかまわないと思うほどの感動が、早くも2曲目にして降り注いでくるのだ。
思わずアンコールを叫びそうな衝動に突かれるが、
嬉しいことに、コンサートはまだ始まったばかりだ。

熱くなった心をそっとクールダウンするかのように、栗尾さんの奏でる美しい旋律が流れ出す。
『風に吹かれて』だ。
オフコース時代の名曲の、LOOKING BACKバージョン。
バンド時代とは違った、キーボードとサックスの音色が印象的なアレンジで、ギターを持った小田さんが切々と歌い上げる。
客席はすっかり引き込まれ、ただただ聴き入っている。

本編のラストは、『風のように』。
「個人主義」「自己ベスト」にも収録されている
『風のように・ライブバージョン』は、このツアーで歌われたもの。

 誇りある道を歩いてく どんな時も
 やがていつか ひとりだけになってしまうとしても

歌が終わり、客席は次々と立ち上り、惜しみない拍手を送り続ける。
が、いつも私は感動のあまり腰が抜けてしまい、終わった直後は立ちあがれないほどに放心していた。

『緑の街』『風の坂道』と、ピアノ弾き語りで始まり、
『風のように』の圧巻の弾き語りで終わるステージ。
大好きなツアーだった。
武道館で初めてオンステージシートに座ったのも思い出深い。

その後、あの事故を経て、
2000年春に、傑作「個人主義」を発表。
最高だったツアー『THRU THE WINDOW』を、
さらに乗り越えていったツアー、『SAME MOON !! 』がスタートするのであります。。

「風の坂道」「風のように」作詞・作曲 / 小田和正 より歌詞一部引用
「FUN MORE TIME ! KAZUMASA ODA TOUR 1995」
より内容一部引用