小田和正「ENCORE!!ENCORE!!」2019/6/19(水)長野ビッグハット初日

June23 [Sun], 2019, 20:40

8年ぶりの、長野公演でした。
前回は、2011年どーもどーも その日が来るまで 長野ビッグハット公演。
3月11日の大震災で、4月からのツアーが延期され、5月7日の長野で、初日を迎えました。

どうしたって、あの日のことを、当時の不安と悲しみがないまぜになった気持ちを、思い出します。

2011年5月7日の、うろ覚えレポからMC一部抜粋。

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※ 当ブログにおけるライブに関する全ての記述は、録音録画機器・携帯電話やスマートフォンの録音録画機能など、一切、使用しておりません。
すべて個人の曖昧な記憶と、手書きの速記メモによる主観に基づくもので、正確ではありません。

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【2011/5/7 長野BIG HAT 初日MCより】

「あの日は、ツアーのリハーサルも後半に入って、通しの練習をしていました。
地震は、東京でも、経験したことのないくらい、大きく、長く、揺れました。
あの日、テレビに映った、被災地の人たちを見て、
どんなに言葉を尽くしても、歌っても、励ますことはできない。
この状況でツアーをやることは、物理的にも、精神的にも、絶対に無理だと判断して、
間近に迫った公演を、中止にしたり、延期したりしました。
本当のことを言えば、今日の長野も、できないだろうと、考えていました。

でも、時間がたつにつれて、
このツアーを、絶対にやめてはいけない。
今は難しくても、歌うことがいつか役に立つ時が、きっと来る。
そんな風に、思いは変わっていきました。

この状況を乗り越えて行くには、長い時間がかかります。
いつの日か、このツアーを振り返って、やって良かったと思えるように、
被災地の人を含めたみんなが、喜んでくれるように、
一歩一歩、その日が来るまで、明るく、走り抜けていく。と、決めました。
今日、集まってくれたみんなと、
その第一歩を、明るく、踏み出したいと思います。

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2011年の長野以降、小田さんが行ったコンサート。

2011年 どーもどーも その日が来るまで(48公演)

2012年 どーもどーも東北ツアー、横浜赤レンガ(11公演)

2013年 その日が来るまで 東北、沖縄(8公演)

2014年 本日 小田日和(36公演)

2015年 本日 小田日和 追加公演(14公演)

2016年 君住む街へ(48公演)

2018年 ENCORE!!(46公演)

2019年 ENCORE!!大阪、ENCORE!!ENCORE!!ツアー(18公演)

8年の間に、全国ツアー4回を含む、217公演もの(!)コンサートを駆け抜けて。
小田さんが、長野に帰ってきました。
きっとまたいつか、ここで会えたらと思っていました。

小田さんを迎える会場の拍手は、熱く、長く、
心から、小田さんを待っていた、大きな拍手が続きました。

「長野へは8年ぶりに戻って参りました。
東日本大震災でツアーが延期され、その結果、長野がスタートになった。
当時は何をどうしゃべったらいいか、とっても緊張したことをよく覚えています。

昨日、地震があって…
でも、こうして、今日を迎えることができました。
皆さんも集まってもらってどうもありがとう。
最後まで楽しく、大いに盛り上がっていきたいなーーと、思います!」

前日に大きな地震(山形県沖を震源とするM6.7、村上市で最大震度6強の地震)が起き、不安もありましたが、
小田さんは、いつものように、あたたかく客席をつつみ、笑顔にしてくださいました。

立ち見の人もたくさん。
前回(6/1~2)の広大な四日市ドームに比べると、狭めのアリーナに設置された花道からは、スタンドがすぐそこに!
より近くに小田さんを感じられる会場に、観客のテンションは上がり通しです。
小田さんの向かう先々で、振り向いた側で、うわっ!という歓声、いや、悲鳴があがります♡

(笑)
小田さん、照れ照れです。

「ここで、こっちを向いて歌うっちゅうことが、正しいかどうか判断に苦しみますが…決められたことなので(笑)」

客席の9割(推定)に背を向けて、「たしかなこと」を歌う小田さん(笑)

「隣の人に迷惑にならない程度に、歌ってくれたら。嬉しく思います。」

とにかく一曲終わるごとの拍手がすごい。。

「何を喋ろうか、一生けんめい考えて出てくる。『何をしゃべろうかノート』を書いてるんだけど、はしょって書いてるから、それを見ても何のことか思い出せない(笑)

『ジジイどこまで』…何だっけ?(笑)

ずっと考えてたけど、思い出せません。
それでは、懐かしい曲をやろうと思います(唐突に)」

(じじいどこまで…も突っ走るぞ!の略ではないか。)

「今の曲は、オフコースの時の曲ですけど、もう一曲、オフコース。
改まって言うことないんだけど、オフコースの時の曲です。って言っちゃうんだよね。」

オフコース、って言葉が聞けるのも嬉しかったりするオフコースファンは多いと思いまーす!

なんと美しい歌声なんだろう。
一曲、一曲が、心に深くしみわたってゆく…

私の周りでは、懐かしい曲を一生懸命に歌っている人も多かったです。
それぞれの人の数だけ、思い入れもある。
花道の小田さんに、皆の歌声が聴こえていたら嬉しいのですが。

感動の長い拍手をさえぎるように、テンポよく、次の曲へと進んでゆきます。

何度か、楽しい間違いがあって、そのたび盛り上がる客席!


「小さな風景」では、わざわざ高い方のメロディで歌ったりして…高音、出し放題か!

花道を何周も歩き回り、客席に降り、
アリーナがいつもより狭いせいか、距離が短くて、小田さん手持ち無沙汰…

ラブ・ストーリーは突然に~キラキラで、アリーナにおりるところを花道を進んじゃって、スタッフの指示で引き返したのかな?

風船もたくさん集まって、ぼんぼん蹴り飛ばし、勢い良すぎて目の前でバーン!

と割れてびっくり顔(゚д゚)

また星のラストめがけて、オンステ中央に行くも、曲はまだ続く(笑)
時間が余って、あっ!という表情で、後ろのスタンドの方へ、手を振りに行きむにゃむにゃ誤魔化すなど、かわゆい小田さんもてんこ盛りでした。

YES-YES-YESで、スタッフの人達がアリーナの一角に集まってコーラスしていますが、
キョードー北陸の方が、強く拳を握って全身を震わせ、声の限りに歌っていて…
力いっぱい魂が叫んでいるようなお姿に、涙がぶわっとあふれて止まらなかったです。

小田さんのコンサートを、大勢のスタッフの人たちが支えている。
たえず忙しく的確に動き、素晴らしい時間と空間を作り上げてくれる。

小田さんと志を同じくする方たち、と思っています。
チーム小田、すごいです。スタッフさん一人一人に御礼が言いたいです。
かけがえのない、最高の時間を、ありがとうございます。

「あっという間に終わっていきます。
とにかく、今はがんばって生きていこう。

(ジジイどこまで…の話もあったかな?)

会場の皆さんをじっくり見渡しながら、ぐるっと回っていったら、
僕と同年代の方よりも、思いの外、若い方もいる。
皆さん、元気で生きていってください。
僕もがんばります。」

アンコールの演奏前にはこんな言葉も。

「一曲でも、みんなが聴きたいと思う曲を、やりたいと思うのであります。」

小田さんはいつでも、みんなのことばかり考えてくれる。

すべてが終わって帰ってゆく、小田さんとバンドメンバーの皆さんに
いつまでも拍手を送りたかったし、感謝を伝えたかった。
客席中の笑顔も、熱い拍手も、太い歓声も、アンコールの声も、どれもが最高のライブだったことを物語っていました。
本当に、楽しかった!

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2011年5月。
「長野でツアーをスタートしたことを、僕らは決して忘れません。」
と小田さんは言いました。(うろ覚えですが。)

私ですら2011年ぶりの…と思っていたのだから、
小田さんたちはなお一層、思いは強かったはず。

このツアーをやめてはいけない/歌うことがいつか役に立つ時が、きっと来る

あの日、重苦しい絶望を抱えつつ、祈るような思いで語られた、切実な予言は、
一歩ずつ、一歩ずつ進んでゆく、長い道のりの間に、
予想を遥かに超えた形で、ありがたくも…今なお叶えられ続けています。

もちろん、あれからも何度も打ちのめされ、大切なものを失い続け、
悲しみや苦しみは、途切れることはないけれど、

小田さんの音楽だけは、ずっと、傍らにありました。

小田さん、歌い続けてきてくれて、ありがとうございます。

今も、あのときも、小田さんの音楽が支えてくれた。元気にしてくれた。

グランドピアノを弾く背中が、ぽつんとライトに照らされて、
なめらかな指の動きとともに、ぐっと力を込めて歌う姿は、
涙でスタートした日よりもずっと、強くしなやかに、逞しく見えていました。

明るく、楽しく、元気に。
言い聞かせるようだった言葉は、
確実に力を持ち、私達を励ましてくれます。

心に強く刻まれた歌声。

手を離さない。

勇気を忘れない。

8年ぶりの長野でのコンサート、心から、ありがとうございました。

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小田和正ツアー2011『どーも どーも その日が来るまで』2011/5/7(土)長野BIG HAT・1